エッセイ


中心と周縁

投稿日時:2012/08/15 03:55


 都市社会学に「バージェスの同心円理論」というのがある。簡単に言ってしまうと、都市はビジネス街を中心に、その周縁にスラム街、更にその周縁に高級住宅地をつくりながら同心円状に形成されてく、という理論である。これは20世紀初頭のシカゴをモデルにした理論だが、日本でも新興都市ではこの傾向が強く見られる。
 私が少年期から青年期を過ごした東中野は、新宿を中心とした同心円の、丁度、スラム街と高級住宅地の境界にあたる地域だが、青春の行き場のない情熱を発散させるために選んだジョギングコースは、自宅から新宿副都心までの往復で、これはまさに周縁と中心を往復していたことになる。
 ニューヨーク・マンハッタンの街の形成を追ってみると(特に地下鉄の発達史を追っていくとよく解るのだが)、当初のビジネス街であったマンハッタンの南端から、この同心円を次第に拡大していった様子が時系列でよく理解できる。例えば、現在、スラム街と目されているハーレム地域は、都市発展段階のごく初期には高級住宅地であったのが、同心円の拡大とともに、より近郊へとこれが拡張していくことにより、1920年代にスラム街化が進んだ。街はこうして変貌を遂げていく。
 歴史社会学においても、この「中心と周縁」を歴史の動的プロセスの起源と考える一派が存在するが、組織を捉える時にもこの考え方は有効なのではないか、と考えている。つまり、組織が外的環境変化に対応していくためには、「中心と周縁」の転換がある時点で不可欠となる、という考え方である。組織が、ひとつの価値観に支えられた行動様式(「エートス」)により支えられているものと考えると、それは往々にして固定化する傾向にあり、生物が外的環境に適応するのと同様に、ある内的な突然変異によって自らを変革・改革していく自生的な能力を持っている。それが「中心と周縁」の転換である。
 そもそも、組織の周縁部、例えば、広告会社で言えば、広告掲載や広告制作を核とした中心領域に対して、プロモーションやイベントといった付随的な機能領域は、当初は中心に付随しながらも、組織が継続的成長を遂げるための将来の成長領域である可能性を秘めている。ただ、その多角的な機能の全てが将来の組織の中心となるのではなく、外的環境に適応したものが、あたかも昆虫が脱皮を繰り返して成虫となるように、組織の変革と変身を生んでいくことになる。
 だが、硬直化した組織には、この中心と周縁の転換は起こらない。成果を単一の物差しで測るような組織は、異なるパラダイムで変革を遂げていくような、新たな周縁のエートスを中心に取り込んでいく適応力を失っていくからだ。いわゆる「風通しのいい組織」は中心と周縁の転換を図りうる組織であるし、「出る杭は打たれる」組織はこの硬直化した組織である。
 現代日本社会のあらゆる断層に見られる組織の歪み、そして息の詰まるような閉塞感というのは、「中心と周縁」の転換の機会を失った、社会そのものの適応不全から生じているとしか思えないのは、同心円理論の中を常に往復していた私だけ、の感想なのであろうか。


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