文学論・絵画論

芸術における「観察者」と「当事者」

 悩み多き学生時代に決定的な影響を受けた作家のひとりがWiiliam Somerset Maughamであったが、"Of Human Boundage"(「人間の絆」)は未だに深い心の滓のように私を捕えている。足の不自由な故に劣等感に苛まれつつ人間的成長を遂げる少年の物語であるが、印象的なのは、彼が画学生となりながらも、人間には芸術家としての才に長けた者と批評家としてのそれとの二類型があって、後者は決して優れた前者にはなれない、という啓示を受ける場面である。自伝的小説と言われるモーム自身がそうであったように、学生の私自身も痛切にその二律背反の真実に打ちのめされた。
 南アフリカ出身のカメラマン、ケビン・カーターは、内戦と旱魃が続くスーダンで、やせ衰えて死なんとする少女を狙うハゲワシを写真に焼き付けた。この写真は1994年のピューリッツアー賞に輝くが、ケビンは「報道より少女を助けることが先決だろう」と非難され、ついには自殺に追い込まれる。ファインダーごしの観察者としての人間は、常に現実という当事者としての自分との二律背反に苛まれ続ける。おそらく芸術、あるいは芸術家の本質がここにはある。
 近代以前は没我の芸術を許容する社会だった。芸術家は或いは狂人として或いは宮廷のパトロンを得て芸術を生きとおすことができたが、近代産業の隆盛はそれを許容しなかった。そして、ゴーギャンは株式仲買人という職業と幸福な市民生活を放擲してタヒチへと向かわざるを得ず、ゴッホはその生死まで表裏一体をなした弟テオの市民生活者としての庇護なしには芸術家たりえなかった。モームが「月と六ペンス」でゴーギャンを描いたとき、彼は決して「人間の絆」と離れた場所にはいなかった。
 米国資本との合弁に携わった際、相手方の持株会社のCFOと利益誘導の鍔迫り合いを演じた。見事なまでの拝金主義はユダヤ資本になる持株会社のポリシーに違いないが、農耕民族のわが社の身内に危機感を抱かせることは難儀なことだった。このCFOとは散々角突き合わせたものの、心中ものの考え方では共感できる部分が多々あった。そんな彼が自社のホームページのプロファイルで、好きな作品に「人間の絆」を挙げていた。欧米流の合理主義は冷静な人間への省察に基づいている。
 サン・ラザール駅に着いた頃には既に陽は西に傾きかけていた。駅のコンコースは高い天井に響く会話と靄のような埃で満ちており、天窓からは数条の光が差し込んでいる。仕事で通り過ぎてしまえば気付かぬ、こんなヨーロッパの駅の雰囲気を満喫できるのも旅人だからこそである。
 駅を出て駅前のロータリーからサン・ラザール駅を見上げる。モネのこよなく愛した駅である。いや、彼が愛したのは気煙と轟音を上げて走り回る近代の象徴=蒸気機関車の方であったのかもしれない。駅に向かって右側に場所をとり、スケッチを始める。シンプルでシンメトリーに整った駅舎は描いていてこころが躍る。反復される窓のファサード。何気なく配される天井下の彫刻。そして大きく広がる薄緑色の摺りガラスのエントランス。
 そのひとつひとつを確かめながら、スケッチブックに鉛筆を走らせていく。宵闇が迫っても、目も暗がりに慣れてくるから不思議なものだ。やがて一幅のスケッチを完成させると、夜の帳が降り、
きらびやかな街路の中を家路を急ぐパリジャン、パリジェンヌが脇を速足で通り過ぎっていった。
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