断層(わたくしのことなど)

 「唐変木」について触れておきたい。母は唐牛という変わった"maiden name"を持っていた。この"maiden name"とは、アメリカで生活していると曲者のように出てくる、パスワードを忘れた時の「個人的暗証」なのだが、都度、そこに"Karoji"と打ち込みながら妙な違和感を抱いていた。津軽には「十三湖」なる海水湖があるが、実はこの港は古代中世の日本海貿易の要所であったらしく、未だに当時の朝鮮半島や中国の土器や陶器がみつかるという。どうやら、母の家系は日本海を渡ってきた「唐氏」だったのではないだろうか。
 こともあろうに、親父は息子に「良幹」という風変わりな名を与えた。とはいっても父が発案者ではない。東京裁判でA級戦犯になった皇道派の元陸軍大将の命名によるものだ。父方の家系は在郷軍人であるよしみである。父もその出展を探ったことはなかったというが、論語に「良き幹は多くの鳥を集める」とあるところから採ったらしい。この名前には得もしたし、損もした。因みに、同じ名を持つ著名人を一人だけ知っている。元TBSのディレクターで落語研究会を主宰していた、故白井良幹氏である。しかし、彼の名は「よしもと」と読む。未だ同訓の同名を一人として知らぬ。
 父は良輔、祖父は良策といい、代々「良」を継いでいる。これだけでも煩わしい上に、決して善人ではない、という劣等感が名前に対するコンプレックスを育んだ。一方、母方の祖父は、草分け的な津軽の林檎園の主であり、もともと樹にまつわる名を息子につけていた。父方と母方の接点はここにある。どうせ、樹木なら善悪の彼岸を超えたい、と唐氏出身の変わった樹ということで、唐変木と号することとしたのである。
 コロンビアの彫刻家、フェルナンド・ポテロの作品は今や世界を席巻している感がある。NYの北野ホテルでの邂逅が最初だが、ミュンヘン、田町、57番街と来て、ここはコロンバス・サークルのタイム・ワーナービル。その足元を覗く少年が見ているのは母親のカメラである。股間のわが子を映している母親は、サルバドール・ダリの妻、ガラ・エリュアールをこころなしか彷彿とさせていた。
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