ここに一枚の画がある。アメリカの画家、グラント・ウッドが1931年に描いた「ポール・リビアの真夜中の騎行」。NYメトロポリタン美術館に収蔵されている。
深夜、マサチューセッツの片田舎を駆け抜ける一頭の騎馬がいる。寝静まった山村の彼方から早馬の蹄の音は徐々に近づき、人々は何事かと家の灯りを点し、驚いて玄関から村の一本道に飛び出す。そこを走り抜けるのは、アメリカの独立戦争時、ボストンに駐留するイギリス軍によるコンコード侵攻をいち早く独立軍の伝令に駆け抜ける、愛国者ポール・リビアであった。1775年4月18日、深夜のことである。
1861年になって詩人ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローがこの一節に始まる一篇の誌を書いた。
Listen, my children, and you shall hear
Of the midnight ride of Paul Revere,
On the eighteenth of April, in Seventy-Five;
Hardly a man is now alive
Who remembers that famous day and year
On the midnight ride of Paul Revere
こうして、ボストンの一介の銀細工士だったポール・リビアはアメリカ独立の市民の英雄として子供達の記憶に止められることになった。
グラント・ウッドはアイオワ州で「アメリカン・ゴシック」などの写実的な農民生活を生涯描き続けた地方画家だが、この市民の英雄を、「英雄」としてではなく「事件」として画の中に描いた。ポール・リビアは、ボストンからコンコードに早馬を飛ばしながら、沿道の愛国者たちに英軍の侵攻に対して決起することを呼びかけていった。つまり、「眠れる植民者」たちに「独立の覚醒」を植え付けていったのだ。
グラント・ウッドがこの画を描いた1931年。29年に起きたNY市場の株式大暴落によってアメリカ人の心は荒んでいた。ヨーロッパでは第一次大戦後の世界秩序の再編が行われていたが、それは敗戦国への片務的な報復に近く、想像を絶するインフレに喘ぐドイツではナチスが次第に支持を集め、勢力を拡大しつつある時代である。グラント・ウッドは、このアメリカ独立の市民の英雄ポール・リビアの姿を借りて、アメリカ人に再び再起へと向けた「覚醒」を促しているのではないだろうか。
こうして画とは時間と空間を超えて、観る者に訴えかけてくる力を持っている。疾走するポール・リビアに驚きパジャマ姿で家を飛び出したこの村人は、そう、今、この日本の「貴方」かもしれない。