エッセイ


Les Halles を知っていますか?

投稿日時:2012/05/27 06:34


 谷戸坂下フランス山公園の入り口を少し入ると、鉄骨の構造体がある。線路のような鉄材が四方の柱として立てられ、そこから空に延びて天井のアーチを描きながら部屋の骨格を造っている。フランスから寄贈されたものだ、と書かれてあるが、こんな鉄屑が何故ここに置かれているのだろう、と89年に元町の住人になった当初は、正直思っていた。
 その後、パリを何度か訪れる内にこの鉄骨が非常に貴重な近代遺構であることに気付き始めた。Les Halles (レ・アール)は70年代までパリ中央市場が置かれていた商業の中心地区。古く中世から市場が開かれていたが、19世紀後半のナポレオン三世時代に、建築家バルタールの設計によって、計12棟の鋳鉄による鉄骨の建造物として整備された。中央市場移転後、Les Halles は洒落たショッピング街として再開発されたが、現在もカフェやビストロの並ぶ飲食の街でもある(有名なエスカルゴ専門店があるのもこの辺りだ)。そして、中央市場の建物は、エッフェル塔建設以前の貴重な鉄の構造物として、その一部がこのフランス山にも移設された。
 こうした歴史を知って改めてこの鉄の構造物の中心に立って瞼を閉じてみると、賑やかな朝市に飛び交う声、声、声がフランス山の朝風に載って、何処からか聞こえてくる。
 パリに限らず、ヨーロッパの朝市、それはマルシェ、マルクト、メルカート、それぞれのお国言葉で呼ばれているが、その地域の生活を肌で感じることができる空間だ。食べるこという人間にとって根源的な活動は人間に活力を与えるからだろう、観光客といえども朝市を覗くと何故か元気を取り戻せる。そして、商店街に活力を与えるものは、こうした生鮮食料品を扱う店なのだ、とは「街づくりフォーラム」でご披露頂いた荻野アンナさんの慧眼であるが、やはり今、元町もこうした生活の源泉、原動力を必要としているのではないか。
 今、元町に朝市を復活させるプロジェクトが密やかに進行中である。ハードウェア整備の次に求められるものは「コミュニティ街路」という発想。そして朝市の活力によって、地域コミュニティの輪が広がっていくことを期して。そのプロジェクトに、象徴的なこの鉄骨のLes Halles の名を冠したい、と思っている。



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