エッセイ


桜咲く元町

投稿日時:2012/04/01 03:08


 私が89年に元町に住み始めて感じたことは、元町公園のソメイヨシノの美しさであった。少ない照明が妖艶な夜桜を演出するせいもあるが、それは瑞瑞しく端正に外国人墓地脇の谷あいを淡いピンクに埋め尽くす。
 つれづれ考えてみるに、これはこの谷あいの湧水の故であろう。昭和5年にジェラールの湧水を利用して建設された公式屋外競泳プールである元町公園プールの水面に桜の花が映えるのも理である。元町公園の桜の樹々は、霊泉により息吹を与えられているのだ。
 汐の混じった井戸水しか出ない埋立地であった横濱で、唯一湧水を得られたのは、旧い土地である、東西に延びた山手の丘の谷あいだけだった。元町の裏手では、コープランドが天沼の水を使いSpring Valley Brewerlyを創り、元町側ではジェラールがこの湧水を外国船の飲用水として販売した。
 そして、ジェラールはこの湧水を守るために、杜で覆われた現在の元町公園のこの谷あいの土地の永代借地権を手に入れ、湧水を得られる環境を守ったのだ。
 ここにこれだけの数のソメイヨシノが植えられるようになったのは、大震災後にこの地に設立された大正活映の頃と想像しているが、この水豊かな土地に根を得た桜の樹々は、毎年、初春になるとかくも美しい花を咲かせることになった。
 今年も桜の季節が巡ってきた。父が桜とともに逝くったのは早くも9年前のことになる。私が父の背を追うかのようにジェラールについて調べ始めたのも、その桜の年であった。



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