エッセイ


されどわれらが日々 (1) ― 懲役36年の後始末 ②

投稿日時:2019/03/03 05:12


 定年退職の月、人事部の給与担当者から一対一で退職手続きの説明を受ける。子会社の管理担当者として社員の採用・退職の手続きを踏んできた経験から、その説明は概ね既視感に近いものだったのだが、ふと、かねてから抱いていた疑問を担当者に質してみる。

 「離職票を持ってハローワークで失業保険給付の手続きをすることまでは分かりましたが、受給を受けるためにはしかるべき求職活動をしなくてはならない……と聞いていますが。」

 この道の専門職である50歳に手の届くと思しき老練の女性担当者は、

 「そうですね。それはハローワークに行って、その説明に従ってください。」

 こう答えた彼女の顔が一瞬、当惑したような複雑な表情を湛えた。それは死刑囚に対する教誨師の憐憫のようにも思え、抱え込んだ不安が一層膨らむ。そして、その一言には、それ以上の質問を拒絶するような冷酷さを含んでいた。……そう、誰も、教えてくれない。

 巷間には定年退職者の失業保険給付を巡り、こんな風評が流れている。しかるべき求職活動をしないと求職の意思なし、と見做されて面談の際に受給を拒否されることがある。そして労働保険財政が逼迫する中、その受給審査は年々厳しくなっている……と。どこどこの誰々さんは「貴方には真剣に求職する意思が見られないので、給付できません」と面接で言われたとか。事実、その年の3月にひと足早く定年を迎えていた面倒臭がりの義兄はそんな噂を耳にして、ハナから受給を諦めた、と聞いている。

 では、「求職の意思」を一体どのように確認するのか。そのためには何が必要なのか、事前に誰も教えてくれないのである。そんな時ふと、随分以前に早期退職制度で高額な割増退職金を手にした会社の先輩が、無料で職業訓練を受けている間は求職活動が不要だ、という話をしていたのを思い出した。離職証明書が会社から送られてくるまでの時間を利用して、ハローワークのホームページで職業訓練について調べてみる。ビル管理、マンション維持管理、クリーンスタッフ、施設警備、電気設備保全……いわゆる高齢者向けの職業訓練の科目である。これらの僅かの科目に職業訓練が限定されている、ということは高齢者向けの求職もこうした分野が多いということだろう。自分には到底勤まりそうにない。万が一、こうした職業訓練を受けたとしても、それを自分なりに前向きに取り組める自信もない。かくして、焦燥は募るばかりである。

 そうこうしている内に離職証明書が会社から届き、ハローワークに求職の申し込みをしに出かける。1週間後に職業講習会があって、更に数日後、雇用保険説明会に出席する。指定された日時に有無を言わさず出席を強要されるのだ。それはそうだろう、失業者の身の上であるからして我儘は言えないのである。雇用保険説明会に出席して、漸く疑問の大半は氷解する。1ヶ月に1回「失業認定日」という面接日があり、この間に最低2回の「求職活動」を行うことで「求職の意思あり」と見做される。この求職活動には、ハローワークで閲覧する求職票に対し窓口で紹介状を受ける(当然記録が残る)ことばかりでなく、ハローワークの認定する就職支援セミナー、就職説明会への出席(参加証明が発行される)や、自らの主体的な就職活動も含まれる(但し、都度「面接証明書」をもらう必要がある)。

 一番手っ取り早い方法は就職支援セミナーを活用することである。ハローワーク自体が主催する2コース(応募書類の書き方、面接の受け方)が月1回開催される他、ハローワークが認定し専門学校が代行する5つのコースのある就職支援セミナーが毎月開催されている。5ヶ月の受給期間で必要な10回の求職活動の内、7つはこれらでカバーできることになるからだ。しかし、セミナーばかり受けて実際の求職活動を行っていないと「求職の意思」を疑われるに違いない。かくして、「自己暗示」に掛かりやすい性格を最大限に利用して、「真剣に」求職活動に取り組むことになるのである。



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