習作集4

 大学時代、私は自宅のある東京・中野から仙台・青葉通りまでの約600キロを三週間かけて歩いた経験がある。獣医あるいは動物行動学者になりたかった私は希望学部に合格できず浪人したが、三浪すると受験制度改革によって非常に不利になった。このため、二年目の受験で、とりあえず籍をおくつもりで入学した文系の学部で社会学に巡り合いその魅力の虜になった。19歳の春である。
 型通りの受験勉強から解放された喜びも大きかった。教養学科で、哲学、文学、倫理学、論理学、あらゆる科目を手当たり次第受講したが、晩生の青白学生には全てが新鮮だった。
 その国文学の授業で、芭蕉の「奥の細道」を読み感銘を受ける。そして、その夏、仙台までの徒歩旅行を決行する。20歳を迎えるにあたり進路の指針を定める旅を芭蕉の漂泊に擬えたのだ。
 この旅はいろいろな意味で私の人生を変えることになった。1年後、学部に上がって経験した淡い片想いもそのひとつかもしれない。

☛「青き日の黄昏」

 私の手元に黄ばんだ一冊のスケッチブックがある。これは、三十二年前、奥の細道の徒歩旅行に携帯したものだ。道中の炎暑、雷雨などの浸水により表紙はぼろぼろになっている。しかし、スケッチで心に焼き付けた風景は三十余年を経ても風化しない。今でもその時のその風景をありありと思い浮かべることができる。十四年を経てこの小説を書く際にもこのスケッチブックが蘇らせてくれた記憶のちからは大きい。
 そして、今回旅の記憶をベースにした小説の挿画に、この中のいくつかのスケッチを貼付した。私の中の旅の記憶と画用紙に遺された風景の記録との三十二年ぶりの邂逅である。この小説の中の時代と風景は、日本から既に失われて久しい。
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