習作集5

 私にとっては最も思い入れの強い「のすたるぢっく・ふゅうちゃ」は、最終校正で中断されたままになっていた。1993年5月、私はそれまで10年近くのキャリアを積んできたイベント部門から、突然NY転勤を命ぜられたからである。
 私は小学生の頃からラジオの投稿少年であった。主舞台は、昭和46年頃、TBSラジオの夜11時代に放送されていた「まり子産業株式会社」である。これは、リスナーから公募した新商品のアイディアを社長兼MCである大村まりこ氏(「声優」)が紹介するという内容の番組であった。決して常連というほどではないが、3~4度は投稿が読まれた記憶がある。
 これは一種の投稿SF番組であり、書く方も聴く方も想像力逞しく深夜近くの15分、ラジオに耳を傾けたものだった。そんな思い出を重ねながら、「ノスタルジックな未来」と、当時夢見たはずの現代の現実を重ねることで、子供の頃のわくわくした気持ちを蘇らせたかった。
 この作品は未完であったが、渡米とともに私は小説創作の筆を折る決心をした。そこでは、今までの頭の中での偏狭な想像を絶する、壮大な人間ドラマに遭遇することになったからだ。今回、この未完の習作に手を加えて完結させた。殆どの骨格は当時のままである。もしも今後創作を再開するとすれば、NYで体験したこの人間ドラマから、ということになるだろう。

☛「のすたるぢっく・ふゅうちゃ」
 何故かドイツでは「三人のミューズ」に良く出逢う。若い女性は三人で行動することが多いのかもしれない。心地よい夏風に吹かれる少女の姿は美しい。齢を重ねて失ったもの、そして手の届かない至高の芸術のような憧れを感じるせいかもしれない。今回、習作集に掲げた5作はいずれも二十代から三十代前半の創作であるが、今読み直してみると、当時青臭くって鼻についたものが、回春の妙薬のように感じるから不思議なものだ。今、書こうと思って書けるものではない。二十歳の忘れ得ぬ徒歩旅行と同じように、私の生きざまの背骨となっているようにも思える。
 ミューズ達は、残りの人生で何を私に恵んでくれるだろうか。書き継がれるべきものを、私は探し続けている。
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