ジェラール伝・翻訳

 このブックレットと巡り合った経緯は、「A.ジェラール初期論文集」の「ランス探訪―アルフレッド・ジェラールの足跡を追って」の最後に記載した通りであるが、私がジェラールの故郷ランスを訪ね、市の外れの農業会館にある、彼の設立したジェラール財団(「レモア農業サークル」)に足を運んだことに起因している。
 後日、このブックレットを送ってくれた財団理事長のフランシス・ワルボム氏とも、著者のユゲット・ギュイヤール女史とも面識はないが、ジェラールという共通の知己とその親愛なる人柄を通じ、既に旧知の間柄のような気持ちになっている。
 このブックレット、すなわち『アルフレッド・ジェラール―横濱のシャンパーニュ人』の翻訳を思い立ったのは、その第七章の扉に「二槽式堆肥溜め」の設計図(☛A.ジェラールの航跡「シャンパンと水屋敷」参照)を目にしたからである。それは、元町に遺された「水屋敷」に酷似し、何故ジェラールが元町に水屋敷を建設したか、という私の根本的な問いかけに何らかの回答を示すもののように思われたのである。
 私はフランス語の知識は皆無である。にも拘わらず前進し得たのは、機械的な英訳を可能にした翻訳ソフトと、この根源的疑問への絶えまぬ探究心の故であった。
 約一年の翻訳作業と、結果的にはその後3年の修正期間を経て、この素人の翻訳作業を終了した。未だに、固有名詞の仏語カタカナ表記には自信がないし、上記の通り、翻訳ソフトを介した翻訳作業であるが故に、文脈の齟齬も免れ得ない。…にも拘わらず、この翻訳を公にするのは、日本におけるA.ジェラール研究を、衆知のもとに一増深めたいが故である。
 本翻訳は、ジェラール初期論文集と同様、関東遺跡文化研究会会報に掲載中(中断)であり、四回に分載する訳文には都度「訳者解題」を付すこととしている。これについても参考までに添付した。

<2018年10月31日追記>

 7年越しの念願が叶った。未知の仏語を翻訳ソフトを使って英語にして翻訳したジェラール伝だったが、梅澤一江さんとその師であるフィリップ・ブロシェヌ先生という知遇を得て、翻訳のシェイプアップを図ることができた。特にフランスの固有名詞表記は多くをご修正頂き、また致命的な翻訳ミスについても校閲をお願いすることができた。未だ完璧な翻訳とはいえないが、以前のものと比較して格段に原典に沿う翻訳に近付いていることを祈念している。改めてこの労を引き受けて頂いた、梅澤一江さん、ブロシェヌ先生に感謝したい。

 ジェラール・コレクションの一部。象牙に彫られた、江戸末期から明治初期のフィギュア群である。庶民の生活を写し取った陶器製の9体のフィギュアに較べると、単体のサイズも小さいし、個別の像の面白みは劣るのだが、集合の人々の動きとその調和が美しい。特に象牙のフォルムの持つ柔らかい光沢が、一人ひとりの表情を非常に豊かにしている。田舎の祭り神輿を担ぐ群衆、街路の物売り、そして道標を払う農夫の姿だろうか、定かではないその行為の意味を想像しているうちに、作者が意図した物語創造の世界に自ら嵌ってしまう。
 同様のことを、ドレスデン城にあるグリューネ・ゲヴォルゲ(緑の丸天井)という工芸美術館で経験した。ザクセン王は国内の工芸作家を首都ドレスデンに集め、自由な空間の中で贅を尽くした自由な作品を制作させたが、それはまるで、10時間見つめていれば10時間の物語が生まれてしまう位の、奥行きと深さを持った財宝のコレクションである。ザクセン王はこうして、陶器のマイセンや、腕時計のグラス・ヒュッテなどの職人都市が形成される契機を国内に作り出していくのだ。
 これらのジェラールのフィギュアも、日本で制作されたものでありながら、観る者を同様の感動で魅了する。日本美術を趣味嗜好で蒐集したジャポニズムのフランス人とは立場を違える、ジェラールの愛した日本の真髄を伺わせるコレクションのひとつである。そういえば、ジェラールも貿易商の修行中にドレスデンに滞在したことの記載が本編にはある。
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